日本女性の愛と情念の原点 PART 2
僕は上の阿修羅像に次のような“内なる精神”を感じます。
■ 静謐(せいひつ)
■ 哀感
■ きびしさ
■ 敬虔なまなざし
■ まなざしの中に込められた奥深い苦悩
■ 引き締まった唇に表れた意志の強さ
■ 清純でひたむきな思い
このモデルになった女性は、聖武天皇と光明皇后の娘---当時16才の阿部内親王なのです。
光明皇后がこの像を造ろうと思い立った733年という年は長屋王が自殺に追い込まれた4年後です。
天平年間は、災害や疫病が多発します。
巷では、“長屋王の崇り”がささやかれ始めています。
橘三千代が亡くなったことも、“崇り”だとは思わないまでも光明皇后にとって不吉なモノを感じていたはずです。
藤原4兄弟が病気にかかって死ぬのは、さらに4年後のことですが、
基親王を亡くしてから子供が生まれないことも光明皇后は“長屋王の崇り”だと思っていたことでしょう。
この仏像は、ただ単に光明皇后が母親である橘三千代の一周忌追善のために奉安したとは思えない!
それでは、他に何のために?
長屋王の怨霊を鎮めるためだと思いますね。
本来、阿修羅とは日本では、“修羅場”などと言う言葉もあるように、猛々しい争いを好む神として受け入れられました。
しかし、この興福寺の阿修羅像は荒々しくもないし、猛々しくもありません。
争いとは縁遠い表情をしています。
つまり、長屋王の怨霊を鎮めるためだからです。
上の阿修羅像の感じている深い“内なる精神”はモデルの阿部内親王の姿を借りているとはいえ、実は光明皇后が感じている藤原氏に対する崇りを鎮めるための祈りではなかったのか?
光明皇后という人は自分が藤原氏の出身であることを終生忘れませんでした。
忘れないどころか、署名には『藤三女』と書いたほどです。
つまり藤原不比等の三女であることを肝に銘じていた人です。
父親が藤原氏の繁栄と栄光のために、無茶苦茶な事をして持統皇統を存続させたことを良く知っています。
また、父親が亡くなった後、自分の兄弟たちが長屋王を亡き者にしたことも熟知しています。
それだけに、仏教に帰依している光明皇后は心が痛んだことでしょう。
だから、基親王を亡くしてから子供が生まれないことも光明皇后にとって、“長屋王の崇り”だと感じたとしても不思議ではありません。
でも、そればかりではないと僕は思います。
阿修羅像のまなざしの中に込められた奥深い苦悩は阿部内親王のものであると同時に光明皇后の感じてたものではなかったのか?
この奥深い苦悩の中には、阿部内親王と光明皇后の感じている女ゆえの情念の苦悩も込められているのではないか?
一体、その情念の苦悩とは?
それは藤原仲麻呂を間にしての三角関係だったと言う事ができるかもしれません。
阿部内親王が孝謙天皇として即位したときの実権は、母親である光明皇太后と彼女の甥である藤原仲麻呂(藤原氏主流派)によって握られていたのです。
のちに『藤原仲麻呂の乱』を起こして殺されるのですが、この仲麻呂は藤原氏特有の権力欲に駆られており、政治を自分の思いどうりに操ろうとしたのです。
そういうわけで、孝謙女帝と衝突したわけです。しかも、母親は、すっかり仲麻呂の言いなりになっているわけです。
つまり自分の娘が天皇であるにもかかわらず、光明皇太后は娘をないがしろにしていたわけです。
これでは孝謙女帝はおもしろくありません。娘として母に反抗する気持ちが頭をもたげてきました。
要するに、光明皇后と藤原仲麻呂(主流派)に対する称徳天皇と道鏡(反主流派)という図式になります。
光明皇后が亡くなると仲麻呂と孝謙上皇は完全に敵対関係になりました。
これは、『藤原仲麻呂の乱』という形で決着を見るわけです。つまり、反主流派が政権を奪取したわけです。
藤原氏の野望、つまり、不比等の亡き後は、橘三千代に引き継がれ、三千代の亡き後には光明皇后に引き継がれた藤原氏の野望。
この野望さえなければ、阿部内親王はこれまでの他の内親王のように、すでに結婚し家庭を持ち子供も生まれて、ささやかな女の幸せに浸(ひた)っていたかもしれません。
しかし、阿部内親王には、それは許されなかった。
藤原一族の繁栄と栄光のために、阿部内親王は“犠牲”にならなければならない“宿命”を負わされていた。
他に藤原氏の血を持つ天皇後継者がいなかったから。。。
天皇という日本国の最高位につきながら夫を持つことが許されない。
これは“むごい”と言えるかもしれませんよね。
生きていながらの“生贄(いけにえ)”---藤原氏のための“犠牲”
16才の阿部内親王には、まだそうした将来までは、はっきりと目には見えていない。
しかし、自分が結婚できない宿命にあることは、この時点ですでに十分に知り尽くしている。
この聡明な少女は、多難な将来を予感して苦悩している。
この表情に、僕はそのような聡明な少女の苦悩を見るのですが、僕の思い過ぎでしょうか?
ジューンさんは、どう思いますか?
ええっ?
長い間、お待たせしました。ジューンさんの出番ですよ。
急に、デンマンさんにそう言われても。。。なんだか戸惑ってしまいますわ。
ジューンさんのビキニの写真を載せましたからね、やっぱりジューンさんに登場してもらわないと、この記事が尻切れトンボになってしまいますよ。
どうしてですか?
だってね、“日本女性の愛と情念の原点”がタイトルですよ。それにもかかわらず、カナダ人のジューンさんのビキニ姿の写真がトップに出てくる。これを読み始めた人はきっと思うはずですよ。このビキニの女性と日本女性の愛と情念の原点と、一体どういう関係があるんだろうか?
そうでしょうね。。。
だから、ジューンさんに登場してもらったわけですよ。
そうでしたの?でも、わたしには、どうして呼び出されたのか、まだ良く分かりませんけれど。。。
実はね、長々と書いた上の記事は今年の5月30日に書いたモノの中から抜き書きしたものなんですよ。
5月に書いた記事をどうして9月になって。。。?
ジューンさんの掲示板にやたらに投稿を書いた“長野県のナッチー”君がいるでしょう?
『ナッチー君が投稿を書きまくったスレッド』
ええ、わたしも奇妙な人がたくさん投稿を書いているなと思っていましたわ。
そのナッチー君に、僕がSO-NETの記事を読むように言ったのですよ。
それで、デンマンさんの記事にコメントを書いたのですか?
そうですよ。馬鹿なようでいて、可愛いところがありますよ!うへへへへへ。。。でもね、どういうわけか知らないけれど、初め、去年の記事にコメントを書き始めたんですよ。つい最近、今年の記事にコメントをつけ始めた。それで、SO-NETに載った今年の5月30日の記事に次のようなコメントを書いてくれたんですよ。
どうですか、ジューンさん。。。上の安部内親王の記事を読んだ後で、このナッチー君が書いてくれたコメントを読んで、どう思いますか?
なんとなく考え深いというか。。。含蓄(がんちく)があるというか。。。感想を俳句に書いたような。。。なんとなく日本的だと思いますわ。
そうですか。。。ジューンさんは、なかなか良いところに目をつけましたよ。“感想を俳句に書いたような”。。。ですか。。。なるほど。。。
それで、デンマンさんは、どう思われたのですか?
このナッチー君は42才と自分で言っていながら、まったく世間知らずで社会的にも揉まれていない、ノホホンとしたオツムの足りないトッチャン坊やだと僕は思っていたんですよ。
相変わらずデンマンさんらしい辛らつな言い方をなさいますね?
そう言う訳で次の記事の中で、ナッチー君の事を僕はけっこうボロクソに書いていましたよ。
■ 『眠り姫さん、今でも元気にやってますか? (9月3日)』
■ 『やっぱり不倫はいけませんか? (9月8日)』
でも、デンマンさんは、このナッチーさんに対して考え方を少し改めたのですか?
そう。。。ちょっとね。。。つまり、DEMPA55のように感情的になって、ただ単に嫌がらせをするような愚か者ではないと思いましたよ。少なくとも悪意を持たずに、コミュニケーションを持とうとしている姿勢が見えてきましたよ。でも、まだ、ちょっと波長がずれているけどね。うへへへへ。。。。
たとえば。。。?
読んでくれる人に分かりやすいような書き方になっていないでしょう?ジューンさんが言ったように、“感想を俳句に書いたような”書き方だと言えば、体裁よく聞こえるけれど、僕の眼には文章の書き方もよく知らない、自分本位のわがままな書き方に見えますよ。
どういうことですか?
つまりね、相手に読んでもらう。自分の考えている事が相手にどのようにしたら分かり易く伝わるのか?そういうことをじっくり考えて書いている書き方ではありませんよ。読み方によったら、禅問答をしているような、そんなコメントですよ。悪く言えば、トンチンカンなコメントですよ。波長が合っているというのは、更紗さんが書いたような、記事に即したコメントを書くことですよ。ところが、ナッチー君のコメントは良くても禅問答のような波長が合わないコメントになっている。安部内親王の記事と直接かかわってないようなコメントになっていますよ。
そうでしょうか?
僕はナッチー君が書いたコメントや投稿をこれまでに50以上読んでいるけれど、すべての文章が自分勝手な書き方になっていますよ。つまり、妄想かと思えるような事を、本人だけしか分かっていない事を、自分勝手に書いているだけ。相手が不在の書き方ですよ。
でも、日本の和歌だとか俳句には、そういうものが多いのではないですか?
ある意味では、そうですよ。俳句は世界でもっとも短い定型詩と言われていますからね。だから、読む人によって感じ方が違ってきてしまう。俳句の解説書をジューンさんは読んだ事がありますか?
ありますよ。haiku はオンライン無料百科事典Wikipediaにも書いてありますからね。日本以外の国でも、結構知られていますわ。
それで、解説書を読んだ感じは。。。?
ひとつの句を説明するのに1ページぐらいの字数を使って説明していますよね。
でしょう?だから外国人で全く俳句を知らない人には、それぐらいの字数を使って説明しないと、作者が何を言おうとしているのかが分からない。四季のない国で育った外人には“季語”なんて説明されない限り分かりっこないよね。でも、日本人ならば、季語なんて説明しなくても、分かると言う前提がある。くどくどと説明する必要などない。日本人には一般的にそういうところがある。良い例が教科書ですよ。最近では、分かりやすい教科書が書かれていると言う話を聞いたけれど、20年ほど前の大学の教科書は難しく書かれていた。わざと難しく書いているのではないかと思うほど難しかった。
どうしてですか?
難しい教科書ほど“権威”があるような印象を与える。著者がそう思っているとしか考えられませんでしたよ。哲学の本など読むと、さっぱり分からなかった。
アメリカやカナダの教科書は易しく書いてあるのですか?
そうですよ。僕はしみじみと実感しましたよ。日本で良く理解できなかった科目をアメリカとカナダで勉強した事があったけれど、その教科書は日本の教科書と比べると3倍ぐらい厚い。要するに、写真やらイラストやら、表やテーブルなどがふんだんに取り入れられて、分かり易く書かれている。だから、講義に出なくても十分に理解できるほどでしたよ。
それ程違うのですか?
20年前にはそれ程違っていましたよ。つまり、日本の教科書は読む人のことを十分に考えてない書き方になっている。語数も少ない。その影響が2ちゃんねるの掲示板などにも現れていますよ。
どういう風にですか?
語数制限があって、長い投稿は書けない。でも、アメリカ生まれのXOOPSのような掲示板タイプのフォーラムには語数制限はない。言いたい事、書きたい事が、ほぼ無制限に書ける。もちろん、長い文章が良いとは言わないけれど、分かり易く書けば、長くなるのは当然ですよ。今言ったように、欧米の教科書が厚いのは、分かりやすいように言葉を尽くして書いてあるからですよ。
デンマンさんは、ナッチーさんの文章にも、その悪い影響が出ているとおっしゃるのですか?
その通りですよ。ナッチー君はまだ海外生活経験がない。せいぜいハワイとかグアムへ1週間ほど行った程度ですよ。国際人となるには海外で生活しなければならない、と言うつもりはないですよ。でもね、海外生活経験がないと、それが文章にも表れてしまう。
どういう風にですか?
アメリカもカナダも移民の国ですよね。さまざまな人種、さまざまな民族が暮らしている。育った環境も、生まれ育った言葉までもが、すべて違っている。だから、考え方は違って当たり前だと言う事が常識ですよ。ところが、日本は、世界的に見て、1民族一様文化だと言われている。だから、同じ考え方を持っていて当たり前のような風潮がある。あまり言葉を書かなくても分かり合える。そう思っている。だから、俳句のような文化が生まれる素地がある。同じ環境、同じ言葉、同じ文化の中で育ってきている。そういう一様な文化の中で育つと、言葉をくどくどと書かなくても、ツーカーで分かるものだと言う事が常識のようになってしまう。だから、短い文章、短い会話で事が足りると思い込んでしまう。そういうわけで日本のサイトを見ると、語数制限が200語だったり500語だったりする。
そうなんですか?
そうですよ。欧米のサイトでは考えられないくらい僅(わず)かな語数制限のある掲示板は日本のサイトでは、いくらでもありますよ。
ナッチーさんの書いたモノは言葉足らずだとデンマンさんはおっしゃるのですか?
その通りですよ。ジューンさんの掲示板にナッチー君が書いた投稿を読んでみてくださいよ。まるで、妄想を書きなぐっているとしか思えないですよ。相手が良く理解できるように分かり易く書いてない。改行する事がまれだから、読みずらい。つまり、読む人のことを十分に考慮した書き方になっていないんですよ。他民族多様文化で暮らした経験がある人なら、もう少し分かり易いように書くものですよ。
デンマンさんのようにですか。。。?
僕の記事は長すぎるかもしれないけれど、誤解を与える事はまずないと思いますよ。易しく分かり易いように書いてあるから。。。
それで、“日本女性の愛と情念の原点”とこの事がどのような関係にあるのですか?
そうですよ。。。その事を言うために僕はナッチー君の短いコメントを持ち出したんですよ。つまりね、伝統的に日本の“感情文化”、“愛情文化”は寡黙の文化なんですよ。口下手の文化。短い文章しか書かない文化。
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