批判なき歴史は空虚にして、そのまま信じると馬鹿をみる PART 2
執筆者の中にも気骨のある人がいたでしょうから、不比等と張り合って上のような狸とイタチの化かし合いの光景が見られたことでしょうね。
この古人大兄皇子は上の聖徳太子の系譜で見るように、蘇我氏の血を引く皇子です。
蘇我入鹿とは従兄弟です。
また、中大兄皇子とは異母兄弟に当たります。
古人大兄皇子が次期天皇に目されていました。
しかし野望に燃える中大兄皇子のやり方を知っている皇子は、
身の危険を感じて乙巳の変の後、出家して吉野へ去ります。
しかし、中大兄皇子は、それでも安心しなかったようです。
古人大兄皇子は謀反を企てたとされ、645年9月に中大兄皇子の兵によって殺害されます。
これで、蘇我本宗家の血は完全に断たれることになったのです。
古人大兄皇子が実際に「韓人(からひと)、鞍作臣(くらつくりのおみ)を殺しつ。吾が心痛し」と言ったかどうかは疑問です。
野望に燃える中大兄皇子の耳に入ることを考えれば、このような軽率なことを言うとは思えません。
しかし、『日本書紀』の執筆者は無実の罪で殺された古人大兄皇子の口を借りて、真実を書きとめたのでしょう。
「死人に口なし」です。
このようにして『日本書紀』を見てゆくと、執筆者たちの不比等に対する反抗の精神が読み取れます。
中大兄皇子と中臣鎌足にはずいぶんと敵が多かったようですが、父親のやり方を踏襲した不比等にも敵が多かったようです。
中大兄皇子が古人大兄皇子を抹殺した裏には、鎌足が参謀長として控えていました。
この藤原氏のやり方はその後も不比等は言うに及ばず、彼の子孫へと受け継がれてゆきます。
後世、長屋王が無実の罪を着せられて藤原氏によって自殺へ追い込まれますが、このやり方なども、古人大兄皇子が殺害された経緯と本当に良く似ています。
長屋王の変 729(天平元)年
「密かに左道(人を呪う呪法を行なうこと)を学んで国家を傾けようとしている」という密告があり、長屋王は謀反の疑いをかけられたのです。藤原武智麻呂らはただちに王の邸を囲みます。もうこれではどうしようもないと観念した王は妻子と共に自殺したのです。完全に濡れ衣を着せられたものでした。
藤原不比等の息子たちが光明子を聖武天皇の皇后にしたかったのですが、長屋王が邪魔だったのです。それで王を亡き者にしようとしたのが、この事件の真相です。
結果として、藤原四兄弟の政権が確立しました。一方、彼らが画策していた光明子を聖武天皇の皇后にすることにも成功したのです。皇后は、天皇なき後臨時で政務を見たり、女帝として即位することがあり皇族でなければならないというのが古来からの慣例だったのです。
現在でも権力者によって
歴史が変えられようとしている!
そうなんですよ。
藤原不比等がしたようなことを現在でもしようとしている人たちが居ます。
あなたには信じられないでしょう?
歴史を学ぶということは、こういう事実に気づくことなんですよね。
学校の歴史の時間に合格点を取るために歴史を学ぶわけではない!
大学入試に歴史が含まれているから、歴史を勉強するわけでもないんですよね。
そんなことはあなただって分かっている!でしょう?
でも、分かっているのに、愚かな政治家たちにだまされてしまう。
なぜか?
愚かな政治家にだまされるのだから、あなたも。。。。うへへへへ。。。。
。。。ですよね。
現在の権力者は歴史を変えて
何をしようとしているのか?
ネオ・ナショナリズムと呼ばれている主義主張があります。
ここで述べる権力者たちは、自分たちが“ネオ・ナショナリズムの悪者”だとは思っていない。
自分では、日本のためを思って政治をやっていると信じているかもしれません。
でも、やっていることは日本のためにもならないし、彼ら政治家自身のためにもならない!
では、なぜ、そのような“ネオ・ナショナリズムの悪い事”をしてしまうのか?
なぜなら、現在の日本の権力者の大多数が愚か者だからです。
過去の歴史に学んでいないからです。
だから、また過ちを繰り返そうとしている!
グローバル化・国際化したこの世界には、冷静に客観的に日本の歴史と政治を見つめている政治学者、日本研究家、歴史家がいる。
過去にはルース・ベネディクト女史のような優れた日本研究家が居ました。
彼女が書いた『菊と刀』は現在でも版を重ねて読まれています。
98版ぐらいにはなっているでしょう。
関心のある人は僕が書いた書評を読んでみてください。
『日本にやって来たことがない人でも、これほどすぐれた日本研究ができるという証拠の本』
僕はこれまでに6度読みましたが、読むたびに新しい感動に浸ることができました。
ルース・ベネディクト女史以外にも優れた日本研究書を世に出している人が居ます。
その人たちの本を読むと日本が海外からどのように見られているのかを読み取ることができます。
僕は現在カナダのバンクーバーに居ますから、日本を海外から眺めることは比較的簡単にできます。
この僕にさえ日本が危険なネオナショナリズムに突き進んでいるように見えます。
だから、海外の日本研究家が日本で権力を握っている政治家の中にネオナショナリズムを信奉している人が居る、と指摘したとき、僕はさらに危険なものを感じました。
何がそれほど危険なことなのか?
歴史教科書が変えられようとしているんですよ。
ネオナショナリズムを最も端的に表現した言葉は“大東亜戦争”かもしれません。
“大東亜戦争”とは、中国の共産主義や軍閥、それに東南アジアを支配していた欧米の帝国主義者を駆逐するための戦争だったと定義付けています。
つまり、侵略の戦争ではなく開放の戦争だったと。。。
しかし、どのような理屈をごねても、戦争に良い戦争も悪い戦争もないんですよ。
戦争は、他国に対して精神的にも物質的にも残虐な破壊をもたらす。
残虐な破壊をもたらす以上、世界の平和と幸せを願うネット市民として認めるわけには行きませんよね。
あなただって、そう思うでしょう。
韓国のネット市民も戦争したくないんですよ。
中国のネット市民だって戦争したくない。
ロシアのネット市民だって戦争したくないんですよ。
ブラジルのネット市民だって戦争したくないんですよ。
僕がこれまで交信した世界のネット市民で、戦争やりたいと言った人は一人も居ませんでした。
もちろん、僕だって戦争などしたくありません。
個人的に話をするならば、世界のネット市民の誰もが戦争などしたくない。
それなのに、なぜ戦争が起きるのか?
戦争やらねばと考えている政治家が居るからですよね。
戦争をやるための軍隊があるからです。
日本にも、日本を守るためにと。。。戦争体制を着々と進めて居る人たちが居る。
戦後の焼け野原から、がむしゃらに頑張って経済大国にまでになった、勤勉で頭のいい日本人のやることではないですよ。
そう思いませんか?
日米両政府が、機動運用部隊や専門部隊の一元的な管理・運営のため陸上自衛隊が06年度に新設する中央即応集団について、その司令部(約200人)を米軍キャンプ座間(神奈川県)に置く方向で調整していることがわかった。
両政府は在日米軍の再配置をめぐり、米陸軍第1軍団司令部(米ワシントン州)を改編してキャンプ座間に移す方針で、陸自と米陸軍の両司令部による基地の共同使用が実現すれば「日米一体化」がさらに進むことになる。
オリジナルの記事はここをクリックして読んでください。
こんなことをやったって、歴史的には愚かなことだと評価されるんですよ。
馬鹿馬鹿しいことなんですよね。
なぜか?
戦争をなくすことができるからですよ。
でも、なくそうというよりも、現在の愚かな政治家は、アメリカの“戦争インフラ”の一部になって戦争の続く世界を推し進めようとしている。
本当に愚かなことだと思いますね。
時間があったら次の記事を読んでくださいね。
■ 『戦争はなくす事ができるものです』
では。。。
ィ~ハァ~♪~!
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■ 『国際化・グローバル化とはあなたにとってどのようなものですか?』
■ 『日本 ☆ 日本人 ☆ 日本社会 ☆ 比較文化論』
■ 『ちょっと変わった 新しい古代日本史』
では、今日も一日楽しく愉快に
ネットサーフィンしましょうね。
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